[Extra] Tea Party, Friend and Gallant White Flower

Phillia’s point of view.


Tea Party, Friend and Gallant White Flower [Part 1]

二十年生きて、いや前世も合わせると四十数年生きて初めて知ったのだが。
In my twenty years of life,

どうやらわたしは“お茶会”なるものが苦手らしい。

「まぁ、こちらの梨のタルトはたいへん美味しゅうございます」

「こちらのショコラも美味しくてよ。お酒がきいていてちょっぴり大人の味だわ」

「レディ・エリザベッタの料理人は最高ね」

「アダーリ伯爵家の料理人にはとても勝てませんわ」

「ねぇ、レディ・セレステのドレス独創的で素敵だわ」

「そうね、マダム・ホワイエの作でしょう? でもレディ・チェリアもよくお似合いですこと」

まず序盤の褒め合い合戦ですでに疲労している。

この場にいる中で一番身分の高いわたしは、もちろん最初に褒め殺しを終えていて、あとは互いに褒め合っているのに微笑んで相槌を打ちつつ、全員が平等に話題に上がるように気を配らなければならない。

ここは王宮の数多い中庭のひとつ。

広大な王宮は王族のみしか入れない場所も当然あるが、議会場などがある行政区域や、広く一般市民も出入りできる図書館などのある解放区域、そして貴族と一部の富裕層のみが立ち入りを許される区域があって、ここは最後の部分に当たる。

まだ親の庇護下にある令嬢たちは自らサロンを開くことはないので、大勢と交流しようとする場合既婚女性の開くサロンに招待してもらうか、王宮の貴族区域にある中庭や東屋などでお茶会を開くのが最近の流行らしい。

らしい、と他人事のように言ってしまうのは、今までは全く縁のなかった事だからだ。

わたしは貴族間の付き合いをなるべく避けていて、特に同年代の令嬢たちとの交流は最も避けるべきものだった。

ゲームの中でのフィリアはいつも見せびらかすように大勢の取り巻きを連れていた。

彼女と同じ道をたどるつもりはなかったが、わたしは同年代のご令嬢ヒエラルキーの頂点にある身だ。自分が意図しなくとも周囲に群がられ、派閥ができてしまうかもしれない危険を考えれば、彼女たちに近づく気にはなれなかった。

そのわたしがこの所積極的にこういう場に顔を出しているのは、単純に女友達が欲しかったのもあるが(ジュリオは恋話に付き合ってくれない)、将来公爵家を継ぐことを考えると社交上必要になってくるからだ。

実務的な部分はルカと優秀な家人がいるので心配はいらないから、当主としてわたしがやるべきは象徴的な部分ということになる。社交もそのひとつで、特に女性の社交界とは男性には立ち入れないけれど侮れない力をもっていて、わたしは女公爵としてそこを掌握しなければならない。

現在の女性社交界のトップにある王妃様初め母親世代の貴婦人たちにはわりと可愛がられているが、将来は現在の女傑たちの跡を継ぎ、王太子の妃となる方を支えるのがわたしの役目だった。

そんな壮大な目標を持って令嬢達のお茶会に参加しているのだが……これが疲れる。

悪い子たちではない。女性特有の見栄の張り合いはしても、箱入りで育てられたお嬢様達なので、そもそも悪意という感情には縁遠いのだろう。

ただ、わたしは毎回恐ろしく疲労する。

まずお天気の話題から入り、本日の装いやお菓子の品評や蘊蓄を語った後は最近流行っているものの話になり、そして社交界の噂話だ。最後のものは大半が男性の話である。

「そういえば、最近ラウレンツ様のお姿が見えないわね。ベルトッキ男爵夫人がヤキモキしてましたわよ」

「あら、あのお二人まだ続いてましたの?わたくし、コローナ座の女優と懇意にしていると聞きましたけど」

「ラウレンツ様は申し分のない男性ですけど、あの遊びの過ぎるところが、ねぇ」

「まだ婚約者のいない上流の跡継ぎとしては一番の優良株ですけど……」

「あら、わたくしアメデオ様のほうが素敵だと思いますわ」

「アメデオ様のほうが爵位は上ですけど、容姿ならラウレンツ様でしょう」

「婚約者がいない、といえば殿下では? もちろん私のような者は恐れ多いですが、美しくて男らしくて、見ているだけで幸せですわ…」

「でも見ているだけでいいというならばやっぱり……」

令嬢達の視線が一斉にこちらへ向けられ、半分聞き流していたわたしはぎょっとした。

「一番麗しいのはルカ様ですわ。言葉にできないほど美しくて、初めて拝見した時はぼうっと見惚れてしまいましたもの」

「この前行ったトレノ大聖堂の天使像を見て、ルカ様を思いだしましたわ」

「分かりますわ、神々しくて、その辺りの俗っぽい男性と同じにするのが失礼な気がしてしまうのね」

彼女達がうっとり語る“ルカ様”に、わたしは頬が引き攣りそうになった。

ルカは確かに美しくて子供の頃はそれこそ天使のようにほわほわした子だったが、今は普通の男性同様、いやそれ以上の欲望やちょっと度の過ぎた嫉妬の感情だってある。

美形は見た目で得をするのだと実感しつつ、もちろんルカの実態など暴露したりせず鷹揚に微笑む。

「婚約者を褒めてくださってありがとう。皆様がそんなふうに言う方と結婚するなんて、なんだか今からどきどきしますわね」

「フィリア様とルカ様はお似合いですわ! フィリア様の隣に立って相応しいのは、やはりルカ様ほどの方でないと」

「えぇ、殿下の妃になられて国一番の女性になるものと思っておりましたが、ルカ様との一対はもう……夢のようですわ」

繰り返すが、悪い子たちではない。

男性の話に打算が混じるのも、どこかの性格の悪い騎士が聞いたら『女性は選ぶ男で生活が変わるから必死だね』とでも言いそうだが、実際彼女たちの未来は結婚相手で決まるのだ。前世の世界で少しでも良い学校や良い会社に入ろうとしたように、彼女たちは少しでも良い結婚相手を見つけようとするのは当然だった。

だからそれが不快なわけではなく、このふわふわ甘いばかりのような会話に、わたしのような精神年齢アラフォーの女は気後れしてしまうのだ。

前世で女子会といえば、七割下ネタで三割悪口という女ならではの楽しみを知った身としては、このお茶会は麗し過ぎた。

いつものように自分の汚れ具合に疲労しつつお茶会を終えたわたしは、付き添いのアンジェラと共に馬車泊りへ向かう……つもりだったのだが、面倒なことになっていた。

「お美しいお嬢サン、どうかお名前を教えてくだサイ」

わたしの手を取り手袋越しに何度も唇を押しつけてくるのは、よくいる紳士とは少し違う派手な格好をした男だった。

平均して背が高いこの国の男性よりも小柄でがっしりした体躯、少し色の濃い肌、それに派手な衣装と訛り具合からして、南の貿易大国の貴族……もしかして大使クラスかもしれない。

国外の相手には、国内随一の公爵家の令嬢とはいえ下手な対応はできない。

わたしは手から全身に広がりそうな鳥肌を押さえつつ、礼儀正しく、だが隙のない笑みを浮かべた。

「申し訳ございませんが、我が国では未婚の娘が見知らぬ殿方に名を教えたりすれば、慎みのない者だと言われます。どうかわたしを淑女でいさせてくださいませ」

「オウッ……なんて奥ゆかしいデスね。大丈夫デス、我が国では美しい女性を口説くのは男の義務デスから。さぁ、ワタシの運命の愛しい人、名前を教えて……」

意味は理解できているようなのに、会話が成り立たない。

踵の高い靴を履いたわたしより少し背が高いだけの男が、ニヤけた顔を近づけてくる。

強引なだけあって一般的には美男と言われる顔なのだろうが、欲望をちらつかせた男の顔というのは好きな相手以外は目に嬉しいものではない。

今にも手を伸ばしてきそうな男の顔面を扇で叩いてやりたい衝動に耐えていた時。

「―――セブロ大使閣下、その女性から手をお離しください」

涼やかな声が聞こえたかと思うと、わたしは白い騎士服の背中に庇われていた。

「この御方は両陛下が大切にされているラ・ローヴェ公爵家の唯一のご令嬢にございますゆえ」

「な……あ、あのラ・ローヴェ公の娘デスかっ」

わたしの視界にはすらりとした背中と項で結ばれた長い銀髪しか見えなかったが、大使だという男がひどく動揺したのが分かる。国王夫妻より父の名に反応するとはどういうことだ。

「し、失礼いたしまシタ、このことはくれぐれ公には内密に…」

「えぇ、噂にならぬうちに閣下がここを離れていただければ」

「も、もちろんデス」

某国大使が足音高く逃げていくと、目の前の背中がくるりと振り向いた。

「大丈夫ですか、レディ・フィリア」

涼やかでいて芯のある声の持ち主は、その声に相応しい容姿だった。

銀髪に薄水色の瞳、磁器のような白い肌。腰に剣を佩いているというのに荒々しい気配が微塵もない中性的な美貌は、まさに騎士物語の主役に相応しい気品と清廉さを湛えている。

「レディ・フィリア?」

ルカの美貌を見慣れたわたしでも目を奪われる美しい青年に名前を呼ばれ、はっと我に返る。

「申し訳ありません、助けていただいたのにお礼も申し上げず…」

「いえ、騎士として当然のことをしたまで。礼を言われるようなことではありません」

そう言って凛とした表情を崩して爽やかに笑った彼は、まさに騎士中の騎士。

どこかの変態騎士とは大違いだと感心しながら、わたしは丁寧な礼をとった。

「そのお心映えは素晴らしいと存じますが、どうかわたしの気持ちのためにお礼をさせてください。ご存じのようですが、わたしはフィリア・デ・ラ・ローヴェ。助けていただいてありがとうございます。失礼ですが、お名前を伺っても?」

後日公爵家の名で礼をせねば、と聞いたわたしに、彼は気負いなく答えてくれた。

「レディ・フィリアにご挨拶できて光栄です。私はミケーレ・デ・クローチェと申します」

その名を聞いた瞬間、わたしは唖然とした。

「……ミケーラ・・デ・クローチェ侯爵令嬢……?」

「あぁ、ご存じでしたか。任務中はミケーレと名乗っているので、つい」

彼、いや彼女は、驚きのあまり不躾になったわたしの問いに爽やかに微笑んで頷いた。

貴族名鑑の主要な名は記憶しているので、クローチェ侯爵家令嬢の名前も覚えていたし、すぐに思い当たった。

だがわたしにとってミケーラはうちとは縁の薄い侯爵家の令嬢というだけでなく、騎士ルートでヒロインのライバルとなる女騎士だということだった。

彼女はクローチェ侯爵家四姉妹の末子で、息子が欲しかった父に男子のように育てられた。本人も騎士に憧れ、近年女子にも門戸を開いた騎士学校へ通い、三歳年上だがラウレンツの同期となる。剣の天才だが軽薄なラウレンツをライバル視しながらも、内心は捨てきれない女性の心で彼を想い続けている……というのがゲームでの女騎士ミケーラの設定だ。

ゲームと現実に齟齬そごがあるのはもう分かっている。性格はもちろん、容姿だって二次元と三次元では共通点はあっても同一ではない。

しかし彼女ほどゲームとの違和感が大きい人は初めてだった。

ゲームの中のミケーラはもっと明らかに女性だと分かったし、無理をして男装の騎士として振る舞っている張り詰めた気丈さがあった。

だが目の前のミケーラは完璧な爽やか美青年騎士で、それがごく自然だった。

「レディ・ミケーラ、いえクローチェ侯爵令嬢……」

「どうぞミケーラとお呼びください。もちろんミケーレでもかまいません」

「ありがとう、わたしもフィリアと呼んでください。あの、ミケーラはわたしを知っていらっしゃったの?」

引きこもり気味のわたしと彼女は初対面のはずだ。最近ルカと様々な催しに参加するようになるまで、わたしの容姿すら知らない人が多かった。

なぜ、と疑問を表情に出すと、ミケーラは何でもないことのように答えた。

「もちろん存じておりました。貴女こそ私が将来お仕えする方だと思っておりましたので」

「? どういうことかしら?」

「私は現在王妃様のお側に仕えていて、将来は次代の王妃様の筆頭騎士となるのが目標なのです。あの馬鹿殿下…失敬、王太子殿下の妃となりこの国を支えていかれるのは、ラ・ローヴェ公爵令嬢たる貴女しかいないと思っておりました」

いま思い切り馬鹿殿下という言葉が聞こえた気がするが、ミケーラは凛とした真剣な表情で語っているので空耳かと聞き流す。

「それは何と言うか、期待にお応えできず申し訳ありません」

「いいえ、こうしてお会いしてあの馬鹿に貴女は勿体ないと確信しましたので、お気になさらず」

やっぱり馬鹿と言った。しかももう敬称もつけていない。

わたしはゲーム設定ではなく貴族名鑑の情報を思い出した。

「あの……ミケーラは確か、王太子殿下の従姉弟なのですよね?」

「えぇ、王妃様は恐れ多くも私の叔母にあたりますので」

「王妃様をご尊敬申し上げていらっしゃるのね」

「もちろんです。役目としてではなく、心からの忠誠を王妃様に捧げているからこそ、お仕えしているのです」

「……で、殿下は?」

「王妃様と血が繋がっている以外に取り柄がない、あの傲慢で柔弱ヘタレで節操のない馬鹿のことですか? 小さい頃から存じていますが、国王として仕えても誠心から剣を捧げるのは無理ですね。そもそもムサイ男に仕える気はありません」

なんだか彼女のことが好きになってしまいそうだ。ただ、ゲームキャラと関わることは慎重にいかなければ……。

わたしが躊躇っていると、ミケーラがふと表情を柔らかくした。

「婚約が発表されてから、一度貴女と話してみたいと思っていたんです」

「わたしと? 先程の話を?」

「いえ、そうではありません。……私の婚約者も年下なので」

婚約者、と言う時だけ少しはにかんだ女性の顔になったミケーラに、ついきゅんとしてしまった。一応年上なのに可愛い。

いや、ときめいている場合ではない。ミケーラに婚約者がいるのはゲームにはなかったことだ。

「婚約者がいらっしゃるのですか? 存じませんでしたわ」

「相手がまだ成人していないので、公にしていないのです。来年彼が十八歳になったら公表と同時に公示する予定で……私の方が年齢差はありますが、ルカ殿も十八でしょう? 同じ年下の夫を持つ身になる者として、色々聞いてみたくて」

来年十八歳、ということはラウレンツではない。ミケーラのこの様子では、その婚約が政略だけというわけではなさそうだ。

「それは嬉しいですわ。ミケーラ様はその方がお好きなのですね?」

「えぇ、もう可愛くてたまりません」

「そ、そう。わたし、勝手にミケーラ様は同じ騎士をお好きになるんだろうなと想像してしまいましたわ。例えば……チェザーリ様とか」

少し強引に話を振ると、ミケーラは白い歯を見せて笑った。

「はははっ、あの見境無く大勢と関係を持ちながら内心で女を見下して趣味はお堅い人妻の攻略と公言するような変態嗜好の男は、あそこが腐ってしまえばいいと思っていますよ」

わたしは確信した。彼女とは親友になれる、と。

「ミケーラ、わたしもあなたともっとお話してみたいわ。…お友達になってくださいませんか?」

この年になってこんなことを言うのは照れ臭く、頬が熱くなるのを感じながら何とか言いきった。

すぐに頷いてくれるものと思ったミケーラは、笑みを消して真顔になる。

「申し訳ありませんが、そのお申し出を受けるわけにはいきません」

「え……」

意外な返事に驚くわたしの前に、ミケーラは流れる様に優雅な所作で跪いた。

「貴女の方から言わせてしまったことを謝罪させてください。私のほうから乞うべきでした」

ミケーラはわたしの手を取り、触れるか触れないかぎりぎりのふわりとしたキスを落とす。

「……フィリア、常に誠実に、そして大切にすると誓うから、どうか私の友となって欲しい」

「っっっ!!」

い、今いけない世界をかいま見てしまった。

「……だ、だめよわたしにはルカが……」

「フィリア?」

「え、あ、ごめんなさい。取り乱してしまって」

挙動不審になってしまったこと誤魔化すように咳払いして、わたしは心から笑みを浮かべた。

「もちろん喜んでお受けするわ、ミケーラ。あなたとは素敵なお友達になれそうですもの」

「ありがとう、フィリア」

ミケーラは立ち上がり、わたしの両手を握ってにこりと笑った。

やはり爽やかすぎる彼女は、わたしが知っている中で一番の騎士らしい騎士だった。

[Extra] His Highness, The Knight and Present [Part 1]

Noname isn’t fluent so Noname can’t guarantee 100% accuracy on this translation.

Noname will pick this novel as Noname’s project for now.


This is the story of the prince who didn’t appear in the main story.

Timeline set in three years ago, story will be told in third person point of view.


His Higness, The Knight and Present

「今年もこの時がやってきたか……」

アルフォンソ・ヨハネス・イル・デ・サヴィアーはこの国の王太子である。

濃い緋色の髪に、金にも見える鮮やかな琥珀色の瞳。王家の紋章である“月喰らう狼”に相応しい精悍な整った面差しは、自然と滲み出る高貴さによってさらに近づきがたくなっていた。

執務室の窓際に一人佇む姿は一幅の絵のように美しく、見る者がいないのが惜しいほどだ。いつもは自信に満ちている若い王太子が今はわずかに眉宇を寄せて憂いを漂わせているため、そこはかとない色香が漂ってさえいた。

執務室の静寂を、無造作なノックが破る。

艶やかな鳶色の長髪に、目尻の下がった甘い美貌、清廉なはずの騎士服を軽く着崩した青年は、この絵のような一室に入り込んでも違和感はない。

「アルー、王宮騎士団の来年の予算のことで、相談なんだけどさぁ」

「後にしろ、ラウレンツ。私は忙しい」

侍従を通しもせず、王太子の執務室にずかずかと入ってきたラウレンツを、アルフォンソは見もしないで切って捨てた。

それでも、生まれた時からの付き合いである乳兄弟は気にも留めない。

「いやいや、一人で枯れた庭を見てたそがれてる場合じゃないって。財務長官が今年は早く提出しろってうるさくてさ。去年、騎士一人につき可愛い侍女二人つけるならこの程度の予算になりますって出したのを根に持ってるんだよ、あのオッサン。あんなの冗談にきまってるのに」

「だ・ま・れ。後にしろと言ったのが聞こえなかったのか?」

アルフォンソは痺れを切らしたように振り返り、じろりと鋭い眼光を向ける。

「だいたい、あれはお前が全面的に悪い。あのふざけた試算表を、完璧に書式を整えて提出するなど手が込み過ぎて嫌味だ。あれで別に正式書類があるとは思わないだろう」

「すっごい時間かかったんだよねぇ、あれ。ちょっとしたお茶目ってやつ?」

「二通り予算を作るほど暇があるお前と違って、私は忙しい」

アルフォンソは窓際から離れ、重厚な執務机の前の椅子にどっかりと座った。

机の上に広がったものを見て、ラウレンツは生ぬるい目付きになる。

「一応聞くけど、何で忙しいって? 騎士団の予算編成より重要なことだよね?」

「無論。―――来月はフィリィの誕生日だ。もう時間がない」

広い机の上には、若い娘が好みそうな小物から家宝級の宝石類まで、様々な商品を掲載した冊子が何冊も広がっている。

中には“若い女性へのプレゼントに大変好まれています”という煽り文句がある商品に丸印がついていたりするので、何をしていたかは明白だ。

整った顔に苦悩を滲ませた主君を、ラウレンツは鼻で笑う。

「こんなところで悩んでる前に、本人に向かって愛称で呼べるぐらい仲良くなって、誕生日に欲しい物を聞けばいいのに。裏では勝手に愛称で呼んでるくせにさ」

「……う、うるさい。別に呼ぶ機会がないだけで、私達は愛称で呼び合える関係だ。なにしろ、六歳の時からの付き合いなのだからな」

「フィリアちゃんは『殿下』って呼んでるよね」

「フィリィは奥ゆかしいのだ。私の身分をはばかって、控えているだけだ」

そう、ラ・ローヴェ公爵令嬢であるフィリアは幼い頃から利発で、白薔薇のような華やかで可憐な美貌の令嬢であるにもかかわらず、非常に控え目な少女だった。何しろ、両親が友人同士であり、幼い頃から一番王太子に近い場所にいるにもかかわらず、決してその立場を誇示しようとはしない。

そもそも次の誕生日には十八歳になろうかというのに、貴族の社交場にめったに姿を見せないのだ。ゆえにその身分にも関わらずあまり噂にも上らず、王太子が昔からこの令嬢に思いを寄せていることを知っているのは、ごく一部の人間だけだった。

その一人であるラウレンツは、自分が仕えるべき主君を憐れみの目で見る。

「まぁ、妄想だけは自由だし」

「お前、たいがい無礼だが、その前にお前こそ『フィリアちゃん』などとふざけた呼び方をするな」

聞き流したように見えたが実は引っかかっていたらしいアルフォンソは、不快そうに机を指で叩く。

「あれは将来王太子妃になるのだから、軽々しい扱いをしてもらっては困る。レディ・フィリアか、ラ・ローヴェ公爵令嬢と呼べ」

「婚約どころか恋人でもないアルに言われる理由はないよー。だって俺、フィリアちゃん本人に許可もらってるし」

「なんだとっ?」

自分ですら何カ月も話どころか顔も見ていないのに、と顔色を変えるアルフォンソに、ラウレンツは実にいい笑顔を向けた。

「一月ぐらい前かな。親父の名代でラ・ローヴェ公爵に会いにいって、閣下が約束の時間に遅れるとかで、その間相手してもらってたんだ。いやぁ、可愛いかったな、フィリアちゃん」

「私は聞いてない!」

「そりゃ実家の用事だし、アルに報告するまでもないよね?」

「くっ……」

ラウレンツの言い分は正しいが、絶対に一番効果的な場面で言うタイミングを狙っていただけだ。

「俺、ちゃんと喋ったの初めてだったけどさ、いいよねフィリアちゃん。美人なのはもちろんだけど、そのへんのお嬢さんみたいに騒がしくなして、落ち着いてしっとりしててさ。何より巨乳だし。同い年に興味なかったけど、いっちゃおうかなぁ」

「ふざけるな。絶対にフィリィに近づくことは許さぬ!」

「でもさぁ、俺とフィリアちゃんはお互いに婚約者もいない独身で、俺は一応伯爵家の長男だけど弟がいるから公爵家に婿入りするのも問題ないし、アルよりずっと似合いで好条件な相手だと思うけどな」

アルフォンソは怒りのあまり声も出ないようで、拳を握りしめている。

確かに、ラウレンツの言う事が正しい。アルフォンソの場合、結婚するには必ず相手が王家に輿入れしなければならない。フィリアは身分的な問題はないが一人娘で、王太子妃になった場合に公爵家の家督をどうするかという問題が発生する。

それだけでなく、あの娘を溺愛している公爵が、王家とはいえ娘を家から出すかどうか。

「……だがっ、お前のように節操のない男は、フィリィに相応しくないし公も認めぬ」

「それってアルに言われたくないなぁ。フィリアちゃんの手も握れないくせに、性欲処理だけはきっちりやってるんだから」

もはや返す言葉もなく、沈黙するしかない。

好きな相手フィリアの前に出ると、なぜか持ち前の傲慢さに磨きがかかって彼女を臣下のように扱ってしまうアルフォンソ。互いの幼少期を知っているせいもあって、淑女扱いをするのが気恥ずかしく、ましてや口説くような真似ができるはずもない。

ただ女の扱いを知らないわけではなく、むしろその身分と美貌もあってどんな女性でも思い通りにできるアルフォンソは、思春期から相手に不自由したことがない。

王太子と言う立場がら大っぴらな遊びはしていないし、近くにラウレンツという名うての女たらしがいるせいで目立たないが、十八歳の青年らしい欲求はきちんと発散しているのである。

問題のない相手を選んでいるが、面倒になりそうな時はラウレンツが引き受けて相手をしているので、その手の事は筒抜けだし、この点に関してはアルフォンソは強く出られない。

主君を言い込めて満足したらしいラウレンツは、ようやく本題に戻った。

「ところで、プレゼントだけどさ」

ラウレンツが『王都の令嬢の間で大人気!』と書かれたアクセサリーが紹介された冊子を手に取り、ぱらぱらとめくる。

「この前思ったんだけど、フィリアちゃんってちょっと変わってるよね。こういう普通のお嬢様が喜びそうなものって、あんまり喜ばないんじゃないかなぁ」

「いや、だがいつも流行にのったものを身につけているし、部屋も若い娘らしいもので溢れているからな。当然、こういったものは好きなはずだ」

お前は知らないだろうが、とちょっと優越感を滲ませるアルフォンソ。

ラウレンツは気にした様子もなく、次々と冊子をめくりながら首を傾げる。

「でも、あれって公爵の趣味でしょ。毎日のように服やら靴やら届いて困るって言ってたし。彼女の部屋が少女趣味全開なのもそのせいらしいよ」

「……なんだと。何故私が知らないことをお前が知っているのだ」

「そりゃ、フィリアちゃんとおしゃべりしたからね」

話が弾んだよ、とおざなりに返すラウレンツに、アルフォンソはショックを受けて固まっている。

十年来の付き合いである自分も知らないことを、たった一月前に一度話しただけのラウレンツが知っていたのだから、愕然とするのも当然だ。

今度は特に意図したわけでもなく主君をどん底にヘコませた臣下は、全く気にとめていない。

「うちの母親に聞いたら、どうも公爵自らデザインの指示をすることもあるみたいで、ここ数年は、フィリアちゃんのために公爵が作ったドレスの形がその年の若いお嬢さん方の流行りになってるみたいだよ」

「……初耳だ」

「俺としては、アルが知らないのが驚きだよ。うちの母親より、王妃様のほうがよっぽどその辺の事情は詳しいのに」

公爵とアルフォンソの父である国王は友人だが、母である王妃はフィリアの生母の親友だった。亡き友の忘れ形見を気にかけている王妃なら、もちろんそのことは知っているだろう。

「毎年この時期になるとプレゼントに悩んで大騒ぎしてるくせに、王妃殿下から教えてもらわなかったわけ?」

「母に助けを乞うわけにはいかぬ。私がフィリィに贈るのだから、私が考えたものでなければ」

「……まったく、へんなところで頭が固いんだから。てゆうか、フィリアちゃんに関してだけは思考が斜め上にいくのか」

「いい加減無礼だぞ、ラウ」

「はいはい、大変ご無礼を仕つかまつりましたー」

同い年だが年下をいなすようなラウレンツ。

どんなに軽口を叩いていてもアルフォンソは絶対的な主君であり、普段の彼ははそれに相応しい鋭気溢れる青年であるのだが、フィリアに関することでは同年代の青年と同じかそれよりはるかに使えなくなるので、扱いが軽い。

「真面目な話、女性にプレゼントを贈るのに情報収集は欠かせないよ。趣味を把握していても、似たような物をすでに持ってるかもしれないし、それってもらって一番微妙なパターンでしょ」

「それは最もだが…」

「本当は相手の侍女あたりに探りを入れられるといいんだけど、公爵家の使用人は守りが堅いので有名だし。やっぱり王妃様に相談したら?」

「恐らく母は無理だ。フィリィのことでは邪魔も協力もしないと明言されている」

「あぁ、王妃様なら言いそう。好きな女ぐらい自分で口説き落とせ、って?」

まさしくその通りだ。

アルフォンソの母である現王妃を一言で言うなら「男前」で、政治に関しては廷臣たちから王と同様の信頼を置かれており、社交界では名だたる紳士貴公子を押さえて淑女たちから断トツの人気を誇っている。

息子に対しても父王以上に厳しく教育しており、こと「男らしくない」と「紳士らしからぬ」行為に対しては鉄拳制裁が飛んでくる。

アルフォンソとフィリアが他に釣り合う相手も見当たらないのに婚約すらしていないのは、公爵の妨害以上に王妃の意向があるからだ。王家の威を振るえば例え公爵家とて従わざるを得ないのに、アルフォンソの力でフィリアの同意を取り付けるまでは婚約はならん、というわけだ。

「……流行りのものがだめなら、ますます打つ手がない。今年は絶対に失敗できないのだが」

「十八だもんね、俺たち」

十八歳といえば、正式に成人と認められる年齢だ。

未成年は親の後見がなければ婚約も婚姻も無効になるが、十八歳になってしまえば必要はない。教会に駆け込みさえすれば自分の意志で結婚できる年になったというわけだ。

立場上フィリアが家の事情を無視して結婚するなどあり得ないが、成人したということは縁談も今以上に増えるだろうし、彼女にいい寄る男も増えるだろう。幼なじみとはいえ、何ら進展していないアルフォンソが気合を入れるのも無理はない。

「王妃様がだめなら……そうだ!」

「なんだ?」

「アル、ルカ・デ・ラ・ローヴェとは面識がある?」

「フィリィの弟だろう、後妻の連れ子の。一度挨拶を受けたことはある」

天使のような白金髪の少年の顔は、さほど苦労しなくても思い出せた。

「フィリアちゃんに聞いたけど、弟君は難しい年頃らしくて、最近は口もきいれくれないんだってさ。昔はけっこう仲良しだったのに」

「それがどうした?」

「だから、弟君ならお姉さんの情報を横流ししてくれるんじゃないかな、って」

「口もきいていないのだろう? そんな状態で情報があるとも思えないが」

「でも、こうして部屋で悩んでいるよりは建設的じゃない?」

渋るアルフォンソに、ラウレンツは笑顔で一冊の冊子を突き付けた。

「少なくとも、アルの趣味で選ぶよりは絶対いいものが選べるって保障するよ」

開いたページには『大人になる大切な彼女へ…』という表題と、レースやシフォンで造られた華やかで扇情的な下着の数々の写真。

そこには二重丸がついていた。

「こんなものを恋人でもないお嬢さんに贈ったら、間違いなく二度口をきいてもらえないよ?」

「…………うむ、やむをえん」

うすうす自覚はあったのか、アルフォンソはルカに会いに行くことを了承した。

長くなりましたので、後編に続きます。